頑丈な檻の秘密 これと言った(納得のいく説明)もお互いから出てくる事もなく、顔を見合わせば溜息が出た。そうして、腕を組み沈黙の果てには笑いが込み上げてくる。 最初に笑い出したのは、響也だった。 「法廷でもないのに、なんでそんなに真剣なんだよ。」 あははと陽気に笑い飛ばす。眉間に皺を寄せ額に指をあてていた王泥喜は、自分も笑い出しそうになっていたのにも係わらず、失礼ですねと目尻を上げた。 目を眇めてみせても、王泥喜が本気でない事は一目瞭然で響也は笑みを崩さない。 ただひたすらに笑う響也も、随分可愛く王泥喜の目には映るから、つい手を伸ばしてしまう。此処が検事局のオフィスで、見境のない事をしてる自覚は確かにある。 「だって、面白いんだもん。」 「真面目に考えてあげてるのに、随分じゃないですか?」 「ごめん、ごめん。でも、不可解だし、このままじゃ起訴は無理。どうしょうもないよね。」 王泥喜の腕に取り込まれながら、響也は机にのっていた書類をぺらりぺらりと捲った。それに目をやりつつ、そう言えばと思い付いた。 「もしも、それが不可解な事件でどうしようもないとしたら、一人に話すのも二人に話すのも一緒だと思いませんか?」 しかし、王泥喜の言葉に、たった今までご機嫌だった響也はむすりと黙り込んだ。 察するアタリが、流石天才検事というところだろうか。 やれやれと前髪を垂れさせて、王泥喜はあやすように両手を響也の前で組み、肩口に顎を乗せる。ほのかに薫るフレグランスは酷く心地良かった。大切な人の体温と同時に感じる存在の確かさ。 羞恥心が全面に出るから口に出す事は出来ないけれど、彼が愛しい。 「響也さん。」 「おデコくんの提案でもそれは嫌だ。」 「そう言わないで。ハッタリだけじゃなくて、意外とあれでも頼りになるし。 あ、今思い出したんですけど、オカルト関係も知らないでもないとか言ってたような気がしないでもないし。ね、相談してみましょうよ。」 ね、とお伺いを立てると、アカラサマには嫌だと言わない。ムッとした表情は崩さないけれど、王泥喜の顔にコツンと頭をぶつけてくる。 「…成歩堂龍一が頼りになる男だってのは、骨の髄までわかってるよ…。」 「だったら、ね?」 「でも、アイツは意地悪だっ!!!!」 言い切った響也に、王泥喜は苦く笑った。 一晩かけてじっくりと説得し(手段については黙秘でお願いします。)、王泥喜は響也を伴って早朝の成歩堂なんでも事務所に出社した。 それでも不機嫌な表情を崩さなかった響也だったが、事務所のソファーに陣取る成歩堂を見た途端、ギョッと目を剥いた。 それは王泥喜も同じでだったが、とにかく彼はこの事務所の所長だ。このまま放置して仕事を始める訳にはいかない上に、今日は成歩堂に相談に乗ってもらうつもりだったのだ。 「お、はようござい、ます?」 何故か疑問系に声が上擦る。 額に絆創膏を貼り腰をさすっていた成歩堂は、あからさまに不機嫌な表情を王泥喜に向けた。響也の不機嫌さなど可愛いものだ、この男に比べれば。 「ああ、おはよう。…牙琉検事…。」 名を呼ばれた途端、可哀相なほどにビクンと身体が震えた。それでも、響也は王泥喜を押し退け、成歩堂の前に立つ。 「な、なんだよ、成歩堂龍一。」 「いや、みぬきを送り届けて貰ったからね。僕からお礼を言ってないだろう。ありがとう。」 纏う雰囲気とは全く違う(普通の感謝)が成歩堂から告げられる。 他人の言葉を素直に受ける響也が調子に乗りそうなものだったが、今に限っては感謝の言葉も脅しにしか聞こえないらしかった。眉間に深く皺を寄せる。 「…お嬢さんも怪我をしていたけど、アンタも随分と酷いな。」 途端、緩慢にしか動かないと思っていたナマケモノが、リスの如き俊敏さで響也に掴みかかった。響也はひっと息を飲み、顔色を変える。 「ふうん、僕が酷く見えるんだぁ〜。」 邪な笑みを浮かべて距離を詰める成歩堂に、王泥貴は慌ててふたりを引き離そうと試みた。しかし、成歩堂は、王泥貴をぐぐぐと片手で追いやろうとする。 「ちょ、ちょっと落ち着いて下さい、成歩堂さん!」 「僕が何かしたっていうのかい!!」 悲鳴に似た甲高い若者達の声を聞き、成歩堂は満足したように響也の身体を解放する。そうして再び、ソファーにどっかと座り込んだ。 「…。」 王泥喜はその場で固まり、脅えた響也はその背後へと遁走する。 「…一体何がしたいんですか、アンタは…!」 憤慨した王泥喜の問い掛けに、『八つ当たり』と答えて殴られたのはそれから数秒後の出来事だった。 「…君が手が早いの忘れてたよ。」 響也から手渡された缶を殴られた頬に当てて、成歩堂はむっつりと呟く。 一目でわかるほどに彼の頬は赤く腫れていたけれども、怒りが脳天まで達した王泥喜は、全く悪びれる事はない。 前髪をピンと天井に垂直に立たせて仁王立ちになっている。 「何言ってんですか、自業自得に決まってるでしょ。」 酷く憤慨している王泥喜に、響也は苦笑した。自分が何をされても気にしないのに身近な人間に害するものへの反応は過敏。本人は気付いていないようだけれども、それが王泥喜の強さであり優しさだ。 「まぁ、落ち着きなよ、おデコ君。ここまで不幸続きだと、成歩堂さんが腐る気持ちはわからないではないだろう?」 王泥喜の怒りを静める事も含めてそう告げれば、ニヤリと嗤ったのは成歩堂の方だった。わざわざ響也に買いに行かせた葡萄ジュースを目の前で揺らした。 「弟くんはイイコだねぇ。」 反省の色が全くなさそうな中年親父に、宥めるつもりの響也もムッとする。 「…烏に糞を落っことされて、通りがかりに犬に追い回された挙げ句に、溝に落っこちた後に、頭上から鉢が降ってきたんだっけ、それって全部アンタの日頃の行いの賜物じゃあないのかい?」 当てつける様に言葉を吐いても、怠い親父は嗤うだけだ。 「検察側は、釣銭が足らなかった事と、王泥喜クンに殴られた事が落ちてるよ。勿論、みぬきが怪我をした事が一番の不幸だ。」 「あれ…そう言えば、みぬきちゃんは?」 周囲を見回し、元気な魔術師がいない事に王泥喜が首を傾げる。牙琉響也を連れてくると前もって電話を入れていたにもかかわらず、彼女がいないのは腑に落ちない。 「ちょっと家を空けようと思って、御剣に預けて来たところなんだ。」 「何処行くつもりなんですか? 話しを聞いただけでも他の人が巻き添えを喰いそうなんで止めてください。」 「酷い言い草だね、王泥喜くん。…ところで、相談があったんだっけ?」 「一応、聞く気はあったんですね。」 へえと告げる王泥喜に、成歩堂は黒い嗤いを浮かべた。 「みぬきが牙琉検事の話しを聞かなかったらと、御剣ン宅の子になるって脅すから仕方なくね。 …弟くん、さっさと喋ってよ。」 成歩堂の本当の不機嫌な理由を垣間見た響也が、冷や汗を流しつつ案件の説明をすれば、成歩堂の表情が一変する。 顎に手を当て思案していた成歩堂は、さてと立ち上がって事務所の扉に向かった。 「成歩堂?」 なんの回答も感想も得られなかった響也が呼ぶ声に、ひたりと脚を止めた。両手をパーカーのポケットに突っ込んだまま振り返る。 「ああ、そうだね…元々お祓いをしに行くつもりだったから、ついでに祈祷してもらって来てあげるよ。」 にっこりと笑顔を作り、響也の後ろで胡散臭そうな顔をしていた王泥喜を呼んだ。 なんですか?と告げた王泥喜にもただ笑顔を向ける。 「そういう訳だから、暫くの間事務所を頼むよ。念の為に言っておくけど、王泥喜クンも外出は避けた方がいい。…不幸は連鎖するんだろ?」 顔は笑っていたが、成歩堂の目は笑ってはいなかった。 王泥喜はギュッと締め付けてくる腕輪によって伝えられる彼の緊張に、ゴクリと息を飲んだ。 〜To Be Continued
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